東京・神楽坂は、芸者さんたちが猫をかわいがっていた風習がのこっているせいか、ひとなつこい猫をよくみかけます。
この「トンちゃん」は、カフェで飼われているオス猫で、立派な体躯のイケメンです。神楽坂の真ん中にある小さな公園一帯が出没範囲で、神楽坂を訪れたひとたちに「かわいい~」「きれいな猫~」と人気者です。
しかし、このトンちゃん、みかけによらず、暴れん坊で、近隣の猫たちは、トンちゃんが通りかかると身を隠します。無敵のトンちゃん。
そんなトンちゃんが、この夏、忽然と姿を消しました。みんなで探し回れど、いっさい手がかりなし。神隠しのようにいなくなってしまったのです。
いなくなってちょうど1ヶ月後、トンちゃんはやせ細り、よろよろと、姿を現しました。いったいどこにいたと思います?
トンちゃんは、カフェのまん前の空き家から出てきたのでした。その空き家は、1ヶ月にいっぺん、管理人のひとが掃除にきます。あとは、しっかり鍵がかけられます。トンちゃんは、管理人のひとが掃除にきたときに、持ち前の探検心から、こっそり中に入り込み、気づかなかった管理人に鍵をかけられてしまったようです。
猛暑のさかりに1ヶ月。検証によると、トンちゃんは、トイレの便器にたまっていた水だけを飲んで、いのちをつないでいたそうです。もともと健康だったのも幸いしたのでしょうか、ふつうだったら、腐敗臭の発生源と化しているに違いありません。
トンちゃんを可愛がっている近所の人が言っていました。「半月くらいはおとなしかったけどね、ひとつきもたったら、すっかり太って、またこのへんをのし歩いてたよ。奇跡だよね。ただの猫じゃないね!」って。
ムショがえりならぬ、空き家がえりで、トンちゃんは、いちだんとハクをつけたようです。
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道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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