5年前の7月末の暑い夜、取材帰りにたまたま神楽坂の路地を通った私は、定食屋トレドの前に佇むヨレヨレの猫に出会いました。その猫は、年老いた路地猫の自由さとさびしさと、気高さとわびしさを、一身に凝縮していて、私の心を射抜きました。
その猫ミーに惚れ込んだ私は、週に2度は神楽坂に通ってミーの写真を撮り始めたのでした。コンパクトデジカメで道ばた猫写真を撮り始めるきっかけは、このミーに出会ったから。ミーがいまこの路地で生きている証を残したい、という思いに突き動かされたのです。
路地の再開発が迫り、ミーたちの面倒を見ていたトレドのマスターは手術入院。17歳のミーは、命尽きかける風情となり、その冬をもはや越せそうにありませんでした。私の若い友人がミーを引き取ることを申し出ました。迎えにいった日、誰にも指一本触れさせなかった誇り高き路地猫ミーは、みんなの予想を裏切っておとなしくケージに入りました。聡明な彼女は、もうこの路地には住めないことを察していたのでしょう。
そして、けっして家の中に順応しないだろうという予想も裏切って、家猫として穏やかに2か月半を暮らし、天国へ。
今月、再開発後の真新しいビルで、トレドは、2丁目食堂として再開しました。ドアの前にもう路地猫たちの姿はありません。(餌場を変えたり、ひきとられたり)
マスターのたっての願いで、店内には写真撮り始めの私の撮ったこのへたくそなミーの写真が大きく引き伸ばされて飾ってあります。若いころは心優しき女ボスとしてたくさんの路地猫たちに慕われた、伝説の神楽坂猫ミーの在りし日の姿として。
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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