内房総へ仕事に出かけた帰り、ときどき行く小さな漁村に立ち寄りました。
ここは、ほんとに小さな小さな漁村で、観光客など入ってこず、漁をする人たちのほかは、たま~に釣り人に出会うくらい。
でも、とにかく、猫さんに出会うこと出会うこと。人口よりたぶん多いかも・・・。2時間歩けば4~50匹に会えるのです。房総の寂れた漁村はそんな猫村がけっこうあります。
さて、この日も、行く先々で猫さんたちが待っていました。海へと続く道の途中で、こんな風に人待ち顔のこが多いのは、きっと、魚のおこぼれをいつも分けてもらっているからではないでしょうか。近くにいた村の人に聞いても「み~んなノラだよ」と言うのですが、ひとなつこく、器量よしもたくさんいます。
子猫でひとなつこく器量よしは、たまに釣り人にもらわれていくとか。あとは、この村で、町の飼い猫よりははるかに短い生涯を、波音を聞きながらおくるわけです。恋をしたり、子どもを生んだり、病気になったり・・・。
「このまえ、可愛がってた猫がいて、産後のひだちが悪かったのか、食べなくなってね、おいしい魚を小さくほぐしてやって、がんばれ、がんばれって声かけてたんだけど、やっぱり死んじゃったよ」と言うおばあさん。
避妊手術をするとか獣医に診せるとか、そういった発想はまるでなく、自分も猫もこの村の大自然のなかの一部で、死ぬときは、それが寿命、といった感じです。それはそれで、すばらしいと思います。
私も、都会の飼い猫で長生きするのと、海辺のノラでで短命なのと、どちらか選べといわれたら、海辺のノラを選んでしまうでしょう。みなさんは?
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道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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私も同じ意見です。
本来、猫とゆうのはこの寂れた漁村の猫ちゃんのように、自然体で短い生涯をおくる生き物なのでしょう。
by もりゅこ 2011-10-08 16:39
絶滅危惧種になったら大事にされて、そうでない動物、犬や猫や猪や熊や鹿・・・が人間の勝手で殺されるの事に納得できません。
いわゆる都会では、ヒトもネコも同じように生きてはいけないものなのでしょうか・・・
by にゃほ 2011-10-13 21:02