「あいつはいい男だったなあ。おしいなあ」
「居酒屋通いがほんとに絵になってたもんな」
ときたま行く珈琲豆店のカウンター越しに、マスターと男性客が、そんな話を始めました。どうやら死んでしまった男の話らしい。思わず聞き耳をたててしまった私に気づいたマスターが言います。「佐竹さんに会わせたかったなあ」。
客は、建設関係の店を持っている人で、しみじみと語るには、
「あいつは、近くの居酒屋に暖簾がかかる頃に、いつもひとりでふらりと入っていくんだ。大将も心得たもんで、あいつがなにも言わなくても、好みの一品をさっと出す。あいつは長っ尻をしない粋な奴なんだ。深川生まれだもんな」
しーちゃんとよばれたその男は、茶トラのオトコ盛り。飼い主である社長さんの肩にのって、近所の居酒屋に何度か出入りし、大好物のまぐろのぶつ切りを出されることに味をしめ、そのうち、ひとりで通うようになったとか。しーちゃんは、ガラガラ戸を手で器用に開けることができたのでした。食べ終わると、「社長のつけで。またくるよ」ってな感じで出ていくのだとか。
会いたかった! でも、彼は10歳ちょっとで、交通事故に遭い、あっというまに旅立ってしまったそうです。いい男は、旅立ちもいさぎよい。社長さんは、しーちゃんがあまりにも賢い猫だったので、もうほかの猫とは暮らす気にはなれないと言っていました。
いい男といえば、銀座のど真ん中の路地裏ノラのぽんちゃんもそうでした。「どっしりした四肢、アウトローの品格、ほの見せる優しさ、含羞」と、いい男の条件を(あくまでも私の好みです)すべて備えていました。10年ほどをビルの合間のレトロな路地で暮らし、2年前の夏、何の病気かものが食べられなくなってふっつり姿を消しました。
ぽんちゃんを可愛がっていた焼肉店のお姉さんが言っていました。「路地暮らしだったけど、毎日ここに好物のレバーを食べにきたし、いじめるひともいなかったから、まあいい一生だったんじゃない。死に際をみせないとこが、あのこらしいよね」。
写真は、在りし日のぽんちゃんです。いい男でしょう? いい女については、またいずれ。
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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