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[猫ブログ] いろいろな連載と、ときどきお知らせ。

道ばた猫日記

2012年06月19日

谷崎さんの過去

 谷崎さんと会ったのは、埼玉県桶川市の、旧中仙道に面した、喫茶とクラフトギャラリーの店『ブラッドベリ』の店内でした。といっても、私と谷崎さんが、そこで待ち合わせをしていたわけではありません。
 
 ブラッドベリは、江戸時代末期に建てられた材木商の建物を使っている店で、登録有形文化財にも指定されている味わいのある空間です。
 
 私が訪れた土曜日の午後は、ちょうど紅茶教室が開かれていました。そこへ、店の入り口からではなく、店と隣り合った事務所とをつなぐ格子戸をガラッと開けて入ってきたのが、谷崎さんだったのです。
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 「まあ、谷崎さん!」「谷崎さーん!」と、ご婦人たちの嬌声をあびて迎えられた谷崎さんでしたが、「谷崎さん、いまはだめ!あとでね」とオーナーの女性に連れ出されてしまいました。なぜなら、彼の定席である大テーブルのうえは、紅茶教室だったために、カップやらお皿やらでいっぱいだったからです。
 
 私は、一瞬しか見なかった彼に、ひとめぼれしてしまいました。谷崎さん、って、あの猫好きの文豪谷崎潤一郎からのネーミングかしら? 『猫と庄造と二人の女』に登場するマドンナ猫リリーの美しさを、谷崎は、『ちょうど蛤(はまぐり)を倒(さかさ)まにした形の、カッキリとした輪郭の中に、すぐれて大きな美しい金眼』と描写しています。
 
 谷崎さんは、まさに、蛤をさかさまにしたキレイな逆三角形の顔でした。そして、マスカット色の聡明そうな眼。みっちりと太った胴体に、これまたみっちりと太い手足。
 
 谷崎さんに会いたくて、町を2時間ほどひとまわりしたあと、またブラッドベリに立ち寄ってしまいました。谷崎さんは、事務所の奥で休憩中でしたが、オーナーが抱っこして店に連れてきてくださいました。
 
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 そして、谷崎さんの意外な過去があきらかに・・・・。谷崎さんは、オーナーの親戚の家の周りに、兄弟3匹で捨てられていた仔猫でした。3匹ともガリガリにやせていたそうですが、谷崎さんはなかでも一番やせていて、ぼんやりとした感じだったそうです。親戚の家は、造り酒屋で、ちょうど仕込みの時期を迎えようとしていました。「酒樽に飛び込まれでもしたら大変」というわけで、保健所に引き取ってもらおうという話が出たところを、「ええー、ちょっと待って!」と、オーナーが連れ帰ったとのことでした。
 
 もらってきてすぐに、獣医さんにつれていったところ、検査から、カエルを食べて生き延びていたことが発覚。カエル特有の寄生虫がいたのだとか。捨てられた場所が田園地帯だったので、きっとカエルや、もしかしたら空腹のあまりヘビやとかげも・・・・・というのが獣医さんの見立て。なんていじらしい・・・と思いつつ、もしかして、谷崎さんのその綺麗な綺麗な瞳は、カエル色?と突っ込みたくもなった私でした。
 
 谷崎さんの名は、やはり文豪からもらった名前。先輩猫の淡い三毛のネルちゃんは、店に出ることはないそうですが、人が大好きな谷崎さんは、しょっちゅう、ガラッと格子戸を自分で開けて、来店するそうです。
 
 大テーブルのうえの、観葉植物(容器とともに作家の芸術作品)は、谷崎さんにかじられてぎざぎざになっていました。「谷崎さんがかじっちゃってー」とほほえむオーナーに抱っこされた谷崎さん、しっかり肩に爪をたてて、甘えきっていました。
 
 えっ、あとの2匹はどうなった、かって? もちろん、私も気がかりで、オーナーに聞きました。2匹とも、谷崎さん同様、それぞれの里親さんのもとで幸せに暮らしているそうです。
 ちなみに、谷崎さんのなまえは、「谷崎」ではなく、「谷崎さん」ですので、獣医さんの受付では、『「谷崎さん」ちゃん』と呼ばれるのですって。

写真

道ばた猫日記ライター紹介

佐竹 茉莉子(さたけまりこ)

フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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カテゴリ: 道ばた猫日記
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みにゃさまのコメント

な、なんという美猫…!結局名前の由来は何なのでしょうか?

by 名無し 2012-06-20 13:08

本当に整った顔の谷崎さんですね~。
毛並みもきれいで、飼い主であるオーナーさんの愛情がうかがえます。
兄弟猫も幸せに暮らしているのですね。よかったです!

by しのりゅう 2012-06-20 13:48

名無しさんへ
ブラッドベリの店名は、先日91歳で亡くなったアメリカの幻想文学作家レイ・ブラッドベリからとったものと思われるので、オーナーご一家は、きっと文学好きなのでしょう。谷崎潤一郎の文章もお好きなのかも。最初はジュンイチロウの名も挙がったそうですが、「それではコイズミさんと間違えられる!」と、「谷崎さん」になったそうです。ブラッドベリには、『猫のパジャマ』という不思議な短編もあります。アメリカの幻想作家、中仙道の桶川宿、捨て猫、谷崎潤一郎、なんて、不思議なつながりですね!

by 道ばた猫 2012-06-21 23:34