東京スカイツリーが間近に見えるこの町。ホットケーキがおいしいのでたまに立ち寄る、裏通りの古い珈琲店があります。テーブル席4つにカウンターという小さな店内で、おいしいホットケーキを焼く寡黙なマスターと、それを運んでくる涼しい顔立ちの女性は父と娘と思われます。
地元の常連客に愛されるこの店の入り口あたりに、たいてい寝そべっている、長毛種の猫さん。
店の前に大きな顔して悠然といるので、この店の猫と思っている人も多いようですが、彼、とらちゃんはご近所の飼い猫さんです。お店の女性いわく「ひまなとき」「小腹がすいたとき」はここにやってくるそうですが、たいていひまで、小腹もすいているので、店の前でとらちゃんに会う確率は、90パーセントくらい(笑)。
2~3歳のときによそからもらわれてきて、その家代々の「とら」という名前をつけてもらって、もうかれこれ12~3年はたつそうですから、とらちゃんは、15~6歳。人間でいったら、80過ぎのおじいちゃんです。でも、路地のひとたちみんなにかわいがられる自由な生活のせいか、かくしゃくとしています。
きれいな顔立ちですが、いたって気が強く、雄同士の喧嘩はしょっちゅう。ひとに触られるのが好きではなく、通りすがりのひとが「きれいなねこさん」と撫でようとすると、「無礼な」とばかりバシッとパンチが飛ぶことも。でも、つめをださないところは、さすが紳士です。
気が荒いので、飼い主さんもブラッシングをすることができないのだとか。とらちゃん、もつれた長い毛を、いつも道ばたでせっせと毛づくろっています。
下町の、ちょっと気難しい老紳士、とらちゃんが、仔猫のように甘えた表情をみせるときがあります。それは、とらちゃんの大好物、珈琲クリームを、店のおねえさんにごちそうしてもらうとき。とらちゃんは、店の入り口のマットから中へは、入ってはいけないことをよく知っていますから、珈琲クリームのオーダーは、入り口からの熱視線。きょうもオーダーがすぐに通って、うっとりとなめていました。
この町は、路地路地に猫がいて、おすし屋さんや焼き鳥やさんからおやつをもらっている光景によくでくわします。
「猫さんがあちこちにいますね」と、喫茶店の女性に言うと、微笑とともにこんな返事が返って来ました。
「猫のいない町なんて、歩いていておもしろくないでしょう?」って。
とらちゃん、この町で、まだまだ自由に気ままに長生きしてね!
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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