東京湾に面した千葉県のこの町は、かつて潮干狩りでもにぎわった漁師町。急速に宅地化が進んだ今も、河口の船だまり付近には、昭和の風景がそのまま残っています。カニ捕りもこのへんの子どもたちの遊びのひとつ。猫がやたらぷらぷらと道を横切る町です。
河べりからひとつ住宅地に入った路地の空き地に、夕方4時になると、「やきとり」の赤い提灯がぽっちりと灯ります。やきとり屋台さゆりの開店です。集まってくるのは、漁師さんや地元のなじみ客だけではありません。わらわらとこのあたりの猫たちがやってきては、トリを焼くさゆりさん(ご本人の名か、店の名前にすぎないのか不明。わたしは、さゆりさんと女将を呼んでます)の足元で、ゆでたトリ肉をねだったり、お客に分け前をもらったり。いつ行っても顔ぶれの違う5~6匹の猫がまったりとたむろしているのです。
なんとも現代離れした、ゆるり不思議な景色。聞けば、「さゆり」は、6~7年くらい前まではもっと駅に近い場所に店を構えていたとのこと。マンション建設のため、立ち退きとなり、「ここでやったら」と声をかけてもらったそうです。もとは、東京湾で採れた海苔を干す広場で、奥にはトタン屋根の海苔小屋があります。
この春には、界隈の雌猫4匹が出産したそうで、ところどころに残る海苔小屋でそれぞれ子育てしているようです。さゆりさんが母猫にゆで肉をふるまうと、くわえてはせっせと子どもたちに運んでいます。そのうち仔猫たちもこの広場に通いだすでしょう。
「それで、集まってくる猫はいったい何匹いるんですか?」とさゆりさんに聞くと、「20匹以上はいるわね」という答え。生まれた仔猫たちをいれたら、30~40匹! 首輪をした黄色い猫もちゃっかり毎日通ってきます。「アッシーに、シャッポに、しょこたんに、チビに、チャップリンに・・・・」とさゆりさんがやってくる猫たちを紹介してくれたのですが、多すぎて覚えきれない(笑)!
さゆりさんは、自宅でも猫を6匹飼っているとか。娘さんが拾ってきたり、孫が拾ってきたり、よそで育てきれない半身麻痺の猫をもらったり。そのうえで、毎日、ゆでトリ肉をノラたちのために持参するのです。大雨でもないかぎり毎日バイクに乗ってやってきて、ここで店開き。「猫たちのために働いてるようなものよ」といってにっこり。勤めから帰ってきた近所のお姉さんには「お帰りなさい、お疲れ様!」。受験を控えた中学生が通りかかると、「○○君、ヤキトリ食べていきな」と2本陣中見舞い。かっこいいなあ、さゆりさん。
ほかの町では、「ノラが集まりすぎる」と、きっと苦情が出るでしょう。でも、この町では、人も猫も、ゆったりとかつてのままに共生しています。「漁師町だからね。昔からいっぱい猫がいたからね」と、こともなげに近所のおじさんは言います。夕日が沈んでも、もうちょっと猫たちと一緒にこの町で潮風の匂いをかいでいたい・・・・・「やきとり」の赤ちょうちんの灯が夢の町のように温かです。いつも元気をもらえる大好きな場所です。あ、さゆりのヤキトリは、猫になって通いたいくらいとっても美味しいのですよ!
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道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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