加藤家のお父さんとお母さんに、それはそれは大事にされているしずかちゃん。
まん丸な目と、お鼻周りの黒い模様がチャームポイントのメス猫さんです。
しずかちゃん、いくつに見えますか?
私には、6~7歳にしか見えなかったのですが、もう17歳になるのですって。
ちょっと恥ずかしがり屋さんだけど、おしゃべりが好きなお利口さんで、「しずかちゃん」と呼べば、「にゃあん」とお返事してくれます。
しずかちゃんは、17年前の8月、子猫のときにここにもらわれてきました。
そのいきさつは、こうです。
加藤家の次男の航(わたる)さんは、学生時代はバレーボールをやっていた心優しいスポーツマン。社会人となったばかりの21歳のとき、体調の思わしくない日が続きました。精密検査の結果は、がん。若いので進行が速く、開腹したもののすでになすすべはない状態でした。
ご両親は、残された日々を後悔なく送らせたいと、本人にがんであることを告知しました。
航さんが口にした最後の望みは・・・・「猫を飼うこと」でした。ご両親は、さっそくペットショップから子猫を迎えようとしましたが、航さんは言うのです。
「違うんだ。ペットショップじゃないんだなあ。僕が迎えたいのは、ノラ猫とか、捨て猫とか、そんな猫を1匹しあわせにしてやりたいんだ」
病院のかたが「よく新聞に里親募集って載ってますよ」と教えてくれました。お母さんが新聞社に電話を掛けると、犬猫の保護活動をしている「動物生命尊重の会(アリスの会)」を紹介してくれました。
「もし選べるとしたら、白い猫がいいなあ」と、航さん。
電話口に出たアリスの会代表の金木さんに、お母さんが「白い猫はいますか?」と訊けば、「はい、いますよ。」という打てば響くお返事。
ご両親は「白い子猫」に会いに。そこにいたのは、たしかに胸は白かったけど、上から見たら黒の分量のほうが多い黒白ちゃんでした。沖縄からはるばる飛行機でやってきたばかり。当時、沖縄の猫事情はかなりひどく、アリスの会では沖縄猫の里親探しもお手伝いしていたのです。
「すぐにその子をもらうことにしました。だって、もう、あまりにもかわいかったんですもの」と、お母さん。
航さんも、トライアルでやってきた子をひと目で気に入って、正式もらい受け。加藤家の初めての猫、そして初めての女の子なので、「うんと可愛らしい名前にしよう」とみんなで考え、「ドラえもん」のマドンナ「しずかちゃん」の名をつけたのでした。
航さんは、やがてがんセンター入院と自宅療養とを繰り返す日々となりましたが、自宅では、しずかちゃんをいつもかたわらに、穏やかに過ごしました。
しずかちゃんも、ベッドで共に眠り、航さんがトイレから出てくるのをドアの前で待つほどの懐きよう。
しずかちゃんが避妊手術を受けて帰ってきて、一日うずくまっていたとき、「傷つけなくてもいい体に勝手に傷をつけてしまった。ごめんね」と話しかけていた航さんの姿を、お母さんは忘れません。
「それは、私たち親が、(開腹手術をした)息子にかけたい言葉と同じでした。航もしずかを家族として思いやっていたんですね」
その頃の航さんは夜に近くを散歩するのが日課でした。出かけるときは、近隣のノラたちに猫餌を持参しました。「一食でも、あの子たちの飢えを満たしてやることができたら」と言っていたそうです。
愛らしい妹しずかちゃんと、航さんは1年半ほどを共に暮らし、別れの日がやってきました。
「しずかはしばらくは航の部屋によく入り込んでいましたが、彼女なりに航の死を理解し、受け入れたようです。以来ずっと私たちに寄り添ってくれました。最後の日々に寄り添って航の心を穏やかにしてくれたのもこの子なら、遺された私たちの心を慰め癒してくれたのもこの子でした。一匹の猫の存在によってどれほど救われたことか」
航さんを見送って15年の歳月が流れました。額の中の航さんは笑顔で、爽やかな青年のままです。
しずかちゃんをそっとなでるとき、お母さんの脳裏には、航さんがしずかちゃんを撫でていた光景がよみがえり、「命はいとしい」という思いが時空を超えて重なり、つながっていきます。
てのひらに伝わるしずかちゃんの温もりは、航さんがこの家で愛し愛されて生きていた証でもあるのです。
17歳といえば、人間だと80歳くらいでしょうか。でも、しずかちゃんの若々しいこと。最近は白内障が入り始めたものの、あとはとくに問題なしの、ふっくらさん。
最近のマイブームは、押入れの上の段を別荘にすること。よくここでまったりしているそうです。
降りやすいよう、ちゃんと、2段階の段差が用意してあります。これだけでも、どんなに大事にされているかが、よくわかりますね。
歩いているしずかちゃんを見て、もうひとつ、チャームポイント発見。
「あれ、しずかちゃん、おなかがタポタポしてますね~」
思わずそういったら、「まっ」とばかりに、美しい目でちょっとにらまれてしまいました。
もちろん、その体形も愛されている証拠。
しずかちゃんをいとおしそうに抱きしめながら、お母さんは、言いました。
「しずかは、遺された私たちが寂しくないようにと、『僕の代わりに仲良くしてね』と航がくれた最後の贈り物。しずかを寄こしてくださった金木さんは、私たち親子の恩人です。この子も17歳ですから、やがてお別れの日がやってくるでしょう。でも、そのときは再び息子の元へと旅立つときなのですから、嘆かないで見送りたいと思います。その日までは、一日でも長く、家族として暮らしたい」
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道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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しずかちゃん若いですね!とってもチャーミング!おばあちゃんには見えません。
今日のお話は涙が。
しずかちゃん、息子さんには必ず会えるからまだまだ長生きしてくださいね。
猫って聞いてないみたいだけど聞いていて、話せばわかると感じています。だからいつも話しかけてます。「うるさいなー、たまには静かにしてー」とか思われてないといいけどなぁ。。
by さりゅ 2016-05-31 15:14
しずかちゃん
いつか航さんに会えた時にたくさんの思い出話をできるよう長生きして下さい。
by まる 2016-05-31 20:09
ご両親のお気持ちを思うと本当に悲しいです。子供に先に逝かれることほど辛いものはないです。しずかちゃんの存在は本当に大きいですねそれにしても、何故惜しまれる人ほど、早く逝ってしまうのでしょうか?なんとも理不尽ですせめてしずかちゃんがギネスに認定されるほど長生きして欲しいです。
by ふみちゃん 2016-05-31 20:13
>さりゅさん
そう、猫って、知らんぷりして聞いてますよね~
とくに自分の話題になると、耳がそっちを向く(笑)。私もごちゃごちゃ話しかけてます。
by 道ばた猫 2016-05-31 23:43
>まるさん
しずかちゃんはおしゃべりだから、再会の時は楽しい話、可愛がってもらった話が尽きないでしょう。
ずっとずっと先のことですけどね。
by 道ばた猫 2016-05-31 23:48
>ふみちゃんさん
お母さまは、つらさ悲しさを乗り越えた末の微笑みで、取材を受けてくださいました。
すてきな親子に愛されたしずかちゃん、しあわせに長生きすることでしょう。
by 道ばた猫 2016-05-31 23:54
しずかちゃんは、航さんとご両親にとってかけがえのない存在なんですね! ずっと長生きしてほしいです。 今回は涙がとまりませんでした。
by あるとはは 2016-06-01 00:52
>あるとははさん
はい、あるとちゃんがあるとははさんにとって、うちの猫たちが私にとって、かけがえのない存在であるように。
すぐそばの、小さな、かけがえのない、いろんな大切なことを教えてくれる家族です。
by 道ばた猫 2016-06-02 02:09
最愛の息子さんのことは決して忘れられないけどしずかちゃんが「私もさびしいの。でも私がそばにずっといるからね、笑顔でいてね」ってお父様とお母様に言っているような感じです。もう涙が止まりません。
by ウメ 2016-06-02 09:02
>ウメさん
航さんのお母様も、「しずかがにゃあんにゃあん話しかけてくれなかったら、家の中でぼうっとしていたでしょう」とおっしゃってました。いまもにゃあにゃあおしゃべりして、思わず笑顔にさせるしずかちゃんです。
by 道ばた猫 2016-06-02 23:39
泣ける。猫は恩猫 大切 とっても
by かきくけこ 2016-06-07 13:42
航さんの優しさも、しずかちゃんの優しさも、本当にあたたかくて、そして、ご両親も本当に優しくてあたたかくて。みんながやさしいから、逆に辛すぎました。みんながかわいくてしょうがありませんでした。涙なしでは見れない読めない写真やお話。このやさしさが、私の心のサプリメントになりました。
by 名無し 2016-06-07 15:00
>かきくけこさん
はい、かきくけこさんの言う通り、猫は恩猫。猫は温猫。
とっても大切な存在ですよね!
by 道ばた猫 2016-06-08 02:04
>名無しさん
加藤さんのお宅では、いのちも愛情も、めぐりめぐって、あたたかく循環している感じを受けました。航さんは、目に見えないだけで、いまもそこにいるような…・。
by 道ばた猫 2016-06-08 02:08