あさのますみさんの『
日々猫だらけ ときどき小鳥』(ポプラ社)の発売を記念して、エッセイの一部を公開します。どうぞお楽しみください。
3 天文学的出会い 前編
おもちを病院に預けて一息つくと、現実的な問題が、どっと押し寄せてきた。実はそのとき、私は入籍を控えており、難しい事態に直面している最中だったのだ。
夫となる彼は、三匹の猫と一緒に暮らしている。対して私はといえば、以前から小鳥を二羽飼っている。結婚するにあたって、全員がひとつ屋根の下で暮らす生活がはじまる。それには一体どうしたらいいのか、私たちは、あれこれ試行錯誤しながら、段階的に引っ越しをしているところだった。
猫と鳥。この、考えられる限り最悪の組み合わせ。
経験上、私は小鳥の繊細さを痛感しているし、彼にしたって、猫の身体能力や、動きの予想のつかなさはよく知っている。万が一、いや、万万が一だって、決してなにか起きてはならない。私たちは「なんとかなるでしょ」などと楽観的にはとてもなれず、これまでも何度も話し合いを重ね、引っ越しの手順を決めてきた。
まずは彼が、三匹の猫と一緒に、新居に引っ越しをする。それと同時に、小鳥のケージをすっぽり覆って保護できる、透明のアクリルケースを注文しておく。猫たちが新居に慣れ、かつアクリルケースが届いたら、小鳥たちを引っ越しさせる。猫にも鳥にもなるべくストレスがかからない家具の配置や、棚の高さなどを決めていく。すべてが落ち着いたら、私が暮らしているマンションを引き払って、完全に新居に移り
住む──。
そのときは、この計画の最終段階にあって、私は、住んでいた部屋の退去を数日後に控え、歩いて数分の距離にある新居に、毎日せっせと荷物を運びこんでいるところだったのだ。
それなのに。これほど計画的に進めてきたこの段階になって、おもちを引き取るということを、ほとんど勢いで決めてしまった。
しかも、動物病院の先生には、こう言われていた。
「野良猫の場合、血液検査で異常がなかったとしても、すぐに安心はできません。おもちちゃんは、今のところ病気は見つかっていませんが、感染したばかりで検出されなかった、という可能性もあります。二ヶ月後に再検査するまでは、念のため、ほかの猫との接触は最小限にして、トイレなども別々にしてください」
つまりそれは、ゆるく隔離しておいてください、ということだ。できるんだろうか、そんなこと。でもやらなければ、今度は他の猫たちに迷惑がかかる可能性がある。交番で遭遇したときは、引き取らずに帰る選択肢はないと思ったけれど、家族が突然増えるというのは、そんなに簡単なことではなかったのだ。
結局その日、仕事を終えて新居に戻ったのは夜だった。玄関の扉を開けると、いつものように、みんながそれぞれの方法で私を迎えてくれた。
まずは、「おかえり」と彼。
そのとなりには、猫たち。玄関まで走り寄ってくる子もいれば、遠くに寝そべったまま、視線だけこちらに向ける子もいる。そして奥のリビングからは、私の気配を感じてケージから呼び鳴きする、小鳥たちの声。我が家ながら、本当ににぎやかだ。
「ひとまず、必要なものは買っておいたよ」
彼は、大きく膨らんだビニール袋を持ってきた。私から連絡を受けてすぐに、ペットショップに行ったのだという。ケージ。新しい毛布が二枚。子猫のフードを入れる保存容器。フード用と水用の小さなお皿。それから、大きめのタッパーウェア。
「タッパーは、トイレの代用に。体がある程度大きくなるまでは、普通の猫用トイレだと、子猫はよじ登れないこともあるから」
彼の猫たちは、どの子も子猫時代に野良猫として保護され、彼の家にやってきた。だから彼は、野良猫に関しても、子猫に関しても経験値が高く、手際がいい。
床に座り込んで準備していると、いつもと違う私たちが気になるのだろう、猫たちが代わるがわる様子を見にきた。
後ろ足で立ち上がって、前足で「ねえ、ねえ」と私の腕を叩くのは、一番年上の雄猫、白地にサバ柄の、アルク。猫にしては短めの手足と、大きすぎる瞳が特徴的な、ぬいぐるみのようにずんぐりしたフォルムのアルクは、とにかくおっとりのんびり、心優しい猫だ。
好きなおもちゃを見ると、くわえて離さないアルク
思慮深いまなざしで少し離れたところに座り、じっとこちらを観察するのは、キジトラ模様の雌猫、シマ。三匹の中で唯一、ドアノブに飛びついて扉を開けることができるシマは、こちらの言いたいことを、高確率で理解する賢さがある。理解することと、従うことはまた別、というところも、なんともおもしろい。
シマのしっとりした肉球と、ふわふわのお腹がよく見える。
ピンク色の鼻をひくひくさせて、マイペースにあちこちかいでまわるのは、末っ子の雄猫、白地にキジ柄の、ちょび。生後たった二週間で保護されたちょびは、とにかく体調を崩しがちで、ちょっと前まで病院の常連だった。あと二ヶ月でやっと一歳、まだまだ子猫だ。
シマを追いかけまわすことがあるので、ちょびだけ鈴をつけている。そっと近づいても分かるように。
この三匹に加えて、アクリルケースの中のケージには、二羽の小鳥、オカメインコのアビと、スズメのケダマがいる。
明日になったらここに、問答無用で、隔離が必要な元野良猫、おもちが合流するのだ。新居は、いざというとき猫たちと鳥たちを離しておけるように、広めの部屋ではある。けれどどこまで行っても、猫と鳥であることは変わらない。夜遅くまで、家具の配置を変えたり、ついたてを置いてみたりしたものの、「これなら絶対だいじょうぶ」などという確信は、なかなか持てない。
あさのますみ:秋田県生まれ。声優・浅野真澄として活躍する。2018年『まめざらちゃん』にて第7回MOE創作絵本グランプリを受賞。著書にエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』(絵・あずまきよひこ)『ひだまりゼリー』、絵本に「アニマルバス」シリーズなどがある。
『日々猫だらけ ときどき小鳥』
あさのますみ
定価:本体1500円(税別)
2月20日発売・ポプラ社
猫に甘えて暮らすのは、なんて幸せなんだろう。寝ているときにおなかの上を全力疾走されたり、お気に入りのバッグにおしっこされたり、トイレットペーパーが部屋中散乱したりするけれど、ふわふわで温かい生き物が、てらいもなく思いをぶつけてくる。ただくっつきたくて、私のところにやってくる。この時間は、まるで特別な贈り物のようだ――猫4匹&鳥2羽との出会いをはじめ、賑やかな日々を綴るエッセイ22本。写真もたっぷり入ります。
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猫と小鳥たちのことを考えて慎重に引っ越しをしていた努力が、ともすれば全て無駄になるかも知れないのに、お二人が迷わず保護という選択を取ったことに感動しました。そしてあさのさんの選択を受け入れ、「ひとまず、必要なものは買っておいたよ」と一緒に受け入れの準備をする旦那さんの所で泣きそうになってしまいました。本当に素敵な旦那さんです。動物やペットへの考え方は結婚する上で重要な価値観なのではないかと思いました。是非エッセイ本買わせていただきます。
by ちまき 2020-02-12 13:30