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[猫ブログ] いろいろな連載と、ときどきお知らせ。

お知らせ

2020年02月26日

あさのますみさんの『日々猫だらけ ときどき小鳥』その5

あさのますみさんの『日々猫だらけ ときどき小鳥』(ポプラ社)の発売を記念して、エッセイの一部を公開します。どうぞお楽しみください。


5 許す猫、アルク 前編 

おもちを、病院から連れ帰った日。

にー。にー。にー。にー。

部屋のすみに設置したケージの奥、元気に鳴くおもちの声を聞きながら、私は祈るような気持ちで思った。どうか、三匹の猫たちがこの子と仲良くしてくれますように。末っ子の妹として、おもちを受け入れてくれますように。

猫というのは、相性がとても大切な生き物らしい。ネットを検索すると、そのことについて書かれたページが、山のように出てくる。

特に要注意なのは、初対面の猫同士を会わせるとき。相性がよかった場合、毛づくろいし合ったりくっついて眠ったりと、思わず頰が緩むような、微笑ましい姿を見ることができる。けれど相性が悪い場合は、流血沙汰の喧嘩になったり、どちらかがストレスで体調を崩したりと、かなり深刻な状況になってしまうらしいのだ。

「対面の方法を間違えると、うまくいくはずだったものも、いかなくなります」

という一文に、私は縮み上がった。

そっと顔を出して、部屋の外を覗いてみる。猫は耳がいい生き物なので、案の定、廊下を隔てたガラス扉の向こうには、三匹の猫たちが集まって、全身をアンテナのように緊張させてこちらを見ている。おもちの鳴き声がちゃんと聞こえているのだ。

末っ子ゆえにまだ子猫というものを知らないちょびは、頭のてっぺんにハテナマークを浮かべた顔で、どこか不安げにこちらを見つめている。あの声なんだろう、わけが分からない、といった様子だ。

賢く繊細なシマは、その場をぐるぐる歩き回りながら、ああこの感じ前にもあったわ、とでも言いたげに見える。生まれたばかりのちょびが引き取られてきたのは、ほんの数ヶ月前のことだ。

そして、アルク。一番歳上のアルクだけは、好奇心と期待が入り混じったようなまなざしで、短いしっぽをプロペラみたいにくるん、くるんと回していた。楽しいときや、ワクワクしているときのしっぽのふり方。

思わず笑ってしまった。ああ、アルクはどんなときでもあのスタンスだ。はじめて会ったときも、シマやちょびがもらわれてきたときも、アルクという子はいつだってそうだった。

私とアルクが最初に出会ったのは、今から七年前。当時、まだ友人の一人だった彼が、ふと、こんな言葉をもらしたのだ。「飼い猫のひよりが大切すぎて、いつかいなくなることを考えると、とても正気でいられる気がしない」と。

それならもう一匹猫をお迎えするのは? と私は提案した。ひよりにも兄弟ができるし、ひよりを知る猫が一匹増えるって、心強い気がしませんか、と。

調べると、拾われたり、理由があって保護されたりした猫たちの里親を探す「譲渡会」と呼ばれるものが、毎週あちこちで開催されている。もともと動物好きだった私は、どんな様子か見てみたくて、ちゃっかり彼についていった。

そこにいたのが、推定生後一ヶ月半の、アルクだった。なんて目が大きな子だろう! 第一印象でそう思った。

会場にはたくさんの子猫がいたけれど、その中でもひときわ大きなまあるい瞳。まばたきするたびに、ぱちくり、ぱちくりと音がしそうだ。その印象的な瞳で、きょろきょろあたりを見回しながら、ケージの中でぽつんと座っている。

他の猫たちは、じゃれあったり、眠っていたりしたけれど、アルクだけはなにをするでもなく、ただぼーっとしている。ケージには、「仮名・あっくん」という札がついていた。あまりにも無防備な様子で、なんだか立ち去りづらい。目が離せずにいると、スタッフさんがやってきて「抱いてみますか?」と声をかけてくれた。

そして、私は生まれてはじめて、子猫を抱いた。

ああ、と思わず声が出た。小さな体。その体に対して大きすぎる、吸い込まれそうな潤んだ瞳。体毛は綿毛のように細やかで柔らかく、ちんまりとついた肉球はしっとり濡れていて、驚くほど温かい。

なんだろう、この生き物は。胸が苦しい。かわいい、という気持ちが強くなりすぎると苦しいのだということを、私はそのときはじめて知った。ひよりと仲良くなって、これ以上かわいい猫っているかしらと思っていたけれど、子猫のアルクのかわいさは、また別ジャンルだった。一瞬一瞬の表情が奇跡のように愛くるしくて、いくら見ても見足りない。

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子猫時代のアルク。

「あっくんは、私たちもびっくりするくらい、おっとりした子なんです」

スタッフさんがそう教えてくれた。

生後一ヶ月ほどのときに、カラスに狙われているところを小学生が見つけて、ここに保護されたというアルク。ガリガリに痩せていて、怖い思いをたくさんしてきたはずなのに、病院に連れていったら、診察台の上で居眠りをはじめたのだという。




あさのますみ:秋田県生まれ。声優・浅野真澄として活躍する。2018年『まめざらちゃん』にて第7回MOE創作絵本グランプリを受賞。著書にエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』(絵・あずまきよひこ)『ひだまりゼリー』、絵本に「アニマルバス」シリーズなどがある。


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『日々猫だらけ ときどき小鳥』

あさのますみ
定価:本体1500円(税別)
2月20日発売・ポプラ社

猫に甘えて暮らすのは、なんて幸せなんだろう。寝ているときにおなかの上を全力疾走されたり、お気に入りのバッグにおしっこされたり、トイレットペーパーが部屋中散乱したりするけれど、ふわふわで温かい生き物が、てらいもなく思いをぶつけてくる。ただくっつきたくて、私のところにやってくる。この時間は、まるで特別な贈り物のようだ――猫4匹&鳥2羽との出会いをはじめ、賑やかな日々を綴るエッセイ22本。写真もたっぷり入ります。

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