8年前、日が暮れかかって迷い込んだ、人気のない小さな漁港。
車を停めて海の方をボーっと眺めていると、白い車が、町から海へ通じる小道をやってきました。
すると、今までどこにいたのやら、猫たちが、わらわらと集まってきたのです。
それが、南房総で、海辺の猫たちの面倒を見続けてきた千鶴子さんとの出会いでした。
その時約束して、1週間後に、私は千鶴子さんの餌やりに同行させてもらいました(
道ばた猫日記2012年9月25日「ゴハン待ち」)
以来たびたびこの漁港を訪れてきました。
その千鶴子さんから、こんなメールが来たのは、今年1月24日のこと。
「マリちゃん、高齢のため、本日シェルターに引き取りました。安心してください」
マリちゃんとは、長いこと海辺で暮らしていたキジトラの雌猫です。
「ありがとうございます。年末には会えませんでした。安心9割、海辺をのし歩く姿を見られない寂しさ1割(笑)。近々会いに行きます」と、私は返事をしました。
去年房総を襲った2度の台風の後、マリちゃんが暮らす漁港に駆け付けたとき。
マリちゃんは、先ごろ閉じてしまった漁協直営の「ふれあい市場」の建物の陰から何事もなかったようにのっそり現れ、しばしベンチで私とまったり過ごしたのでした。
でも、めっきり、動きが緩慢になって、どんどん「老けた」印象になっていくマリちゃんが、いつも気がかりでした。
「マリが海辺の暮らしが大変そうになったら、シェルターにきてもらうわ」
千鶴子さんは、そう言っていました。
海辺の猫たちはTNRして、ご飯を運んでいます。温暖で、やさしい漁師さんが多いところなので、猫たちは安心して暮らせます。
千鶴子さんが自宅シェルターに迎えるのは、捨てられて外では育たたない仔猫、ケガをした猫、病気の猫、弱い猫、そして、老いた猫です。
漁港内を縄張りに、のしのしと歩き回っていた女ボスマリちゃん。
あのマリちゃんが、ついに海辺の暮らしから足を洗った......。
2月、マリちゃんに会いに行く道すがら、私はマリちゃんのこれまでを思い出していました。
マリちゃんに初めて会ったのは、千鶴子さんに出会った8年前の夏の終わり。
夕飯を持ってくる千鶴子さんの車を、マリちゃんは首を伸ばして待っていました。
「4年前にここに捨てられた当時のマリは、若くて細くて、とっても心細そうだった」と千鶴子さんは言っていました。
性格がよく、海辺の猫たちにも、海辺暮らしにも、すぐ馴染んだようです。
千鶴子さんだけでなく漁港の人たちにかわいがられて、どんどん体格がよくなり、遠目から見ると、大きな顔とゴロンと太い足は、オス猫に見えました。
その後、なかなか会えなくて、再会したのは、以前の餌場からちょっと離れたふれあい市場近辺。
この界隈を縄張りとする流れ者のボス猫といい仲になり、いつも連れ立って歩いていたそうです。海辺の猫はみな手術済みなので、プラトニックラブなのですが。
(私は残念ながら、連れ立って歩く姿を見たことはありませんでした)
5年前の12月。
海辺に行くと、急ぎ足のマリちゃんに会いました。
なぜか必死な目で舟の中、物陰、倉庫、草むら...そこら中何かを探し回っているようでした。
後で知ったのですが、彼氏のボスが、めっきり年老いて大風邪を引き込み、シェルターに迎えられた直後だったのでした。
千鶴子さんは、ボスが春になって元気を取り戻していたら、マリちゃんの元に戻すつもりでいたのですが、ボスは、シェルターで、年明けに静かな最期を迎えました。
ボスが姿を消してから、マリちゃんの立ち直りは早く、海辺の人たちを「女は強し」と安心させました。
砂浜の船の中で日向ぼっこするマリちゃんは、どんどん貫禄がついていくようでした。
ボス亡きあと、マリちゃんが、海辺の猫たちをまとめる実質的な女ボスについたのです。
栗色の毛を光らせて、漁港内を闊歩するマリちゃんは、ほんとうにカッコよかった!
「でも、マリちゃんだって、そろそろいい年だから」と、マリちゃんには、ふれあい市場内にもあたたかいねぐらが用意されていました。
夏は、潮風の通るいちばん涼しい日陰をよく知っていました。
ふれあい市場の発泡スチロール箱の上もお気に入り。
私がいつ訪ねていっても、「マリちゃーん」と呼ぶと、遠くからすぐやってきて、そばでゴロンゴロン。
でも、いつのころからか、「のしのし」が「ぽとぽと」といった足取りになり、海辺にはあまり出向かず、市場のベンチの上で、じっとしていることが多くなりました。
昨年初めの冬は、ずっと市場の従業員休憩所ですごしたとか。
昨年夏も、暑さのためか、ずいぶんと痩せたように感じました。
それでも、2度の台風のあとには、何事もなかったかのように、のっそり姿を見せてくれていたマリちゃん。
市場が閉じ、千鶴子さんからは「年取ったけど、マリちゃん、まだ元気よ~」と聞いてはいたのですが...昨年の晦日に行っても会えずにいたので、心配で千鶴子さんに安否をたずねたところ、「うんと寒くなる前にうちに入れることになりそう」ということだったのでした。
久しぶりのマリちゃん。
入所祝いに、昨夜せっせとミニケットを編んでいったのだけど、「えーッと、どなたでしたっけ」といった顔つき。
千鶴子さんに抱かれたマリちゃん、最後に見たときと違って、全盛期のようにまるまるとしています。
海辺で12年間暮らしたのですから、腎臓など悪くなっていると思って、獣医さんで、ウイルス検査や血液検査をしてもらったそうですが、どこも異常なし!の健康体。
外猫の13~14歳は、室内猫の16歳以上にあたるでしょう。
みんなにかわいがられ、栄養をつけてもらって、ストレスもなかったのだと思います(ボスとの辛い別れはあったにせよ)
マリちゃん、また会いに来るね。見送ってくれた千鶴子さんの腕の中のマリちゃんは、一瞬子猫のように見えました。
これからは、仲間たちと穏やかな暮らしが続きます。
その後の千鶴子さんのブログに、マリちゃんの日常が載っていました。
年下の男の子にチュッされたり、窓辺でまどろんだり。食欲もバッチリだそうです。
ドラマチックな女の一生を生き、海辺がよく似合ったマリちゃん。
いまは、窓辺のひなたぼっこがよく似合う、かわいいおばあちゃんです。
「道ばた猫日記」から書籍が生まれました。
『
寄りそう猫』
しあわせは猫の隣り。心温まる17の実話。
『
猫だって......。』
ふつうの猫たちが語る、22の愛情物語。
『
里山の子、さっちゃん』
動物たちはやさしく、気高い。助け合い、ともに生きる猫たちの物語。
『
しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』
フェリシモ猫部の心温まるブログ、完全版として待望の書籍化!
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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優しく見守ってくださる方がいるなら、家でも外でも猫達は穏やかに暮らせますね。
TNRがすすんで、そんな地域が増えていくよう、私もぼちぼちですが頑張ります!
by さくら 2020-03-17 17:23
心ない人間に捨てられても、こんなに幸せになる子がいると嬉しくなります。そして活動してくらさる方に頭が下がります。最近、テレビでお尻に矢を撃ち込まれた猫を見ました。夫と二人で犯人にも同じ目に合わせてやれと言い合いました。同じ人間でも、こんなにも行動が違うものなのかと悲しくなりました。物言わない動物をこんな目に合わせることを決してしてはいけないと、孫にもよくよく教えます。
by ふみちゃん 2020-03-17 18:28
今回も猫と人とに物語ありですねー
今日、ラジオを聴いていたら・・・
猫が欲しいと、保護猫で・・・
講習まで受けたそうです。
しかし講習の有効期限が一年らしくて
期限が近づいて来てしまって
また講習を受けようかどうか?とか??
そんな感じだったか???
SNSの情報では?
頻繁にチェックしているのに
気に入った子が見つからないそうです。
そんなことってあるのかなぁ・・・
その人は一年も決められないんですね~
保護する気があるんなら!
早く保護して欲しいです。
どの子も可愛いと思います。
いい面もあるし、悪い?面もある!
あたりまえかー 生き物だから 笑い。
絶対、SNSの見た目では分かりませんよね♪
私的な愚痴になってしまいました。
by ミンディー 2020-03-17 19:16
PS・
愚痴ってて重要なことを書き忘れました。
マリちゃんづくし!幸せな記事でした♪
by ミンディー 2020-03-17 19:47
マリちゃん、小次郎の前にウチにいた猫に毛の色が似ています。因みに名前も同じでした(当初はマリリンと言う名前でしたが、名前を呼ぶ度に恥ずかしくなって、マリになりました)歳を重ねてもモテモテですね!これからも穏やかな日々を過ごせますように。
by シーマン 2020-03-17 20:28
今週も心温まるお話をありがとうございます。マリちゃん、一瞬仔猫のように見えたのは、千鶴子さんのおかげで、過酷なお外暮らしから解放され、何の心配もなく暮らしていけると確信できてホッとできたからなのかも、と思いました。我が家には保護猫しかおりませんが、ひもじく、寂しい思いをしていたせいなのか、どの子もよく食べ、よく眠り、甘えてきます。マリちゃんもいっぱい食べて、いっぱい甘えて、元気に長生きしてね!
by あべんぬ。 2020-03-17 21:20
マリちゃんの第二の人生も幸あれ(*^-^*)
by ミミチロ 2020-03-17 23:05
>さくらさん
見守る体制とあたたかいねぐらがあるなら、元気なうちは外でも、マリちゃんのように十分しあわせに暮らしていけるのですけどね。都会は難しいかな。
by 道ばた猫 2020-03-18 09:15
>ふみちゃんさん
矢を射られた猫のニュース、私も怒りで煮えたぎりました。一刻も早く検挙してほしい。
即検挙・重い罰で、さらなる虐待を未然に防いでほしいです。
by 道ばた猫 2020-03-18 09:19
>ミンディーさん
まさに、先日猫好きと「あみだくじで決めたって、うちに来れば、うちの子がいちばんになるよね」と話したばかりです。かわいくない子、気に入らない子なんて、いない!です。
by 道ばた猫 2020-03-18 09:23
>シーマンさん
マリリン、って愛らしい名前! 昔、「モンロー」という名のきれいな雌猫を飼っていた紳士がいましたっけ。「ドロン」という名のオス猫を溺愛してた女性も。
by 道ばた猫 2020-03-18 09:27
>あべんぬ。さん
マリちゃん、ちょっとウギャーちゃんの面影ありますね~ 私も、あのとき、安心しきって子猫みたいになってるな、と思いました。
by 道ばた猫 2020-03-18 09:29
>ミミチロさん
捨てられたいきさつはわからないけど、いい猫生でしたよね。
いまどき、恋をして、連れ立って大空の下を歩ける猫はそういませんし。老後もしあわせだし。
by 道ばた猫 2020-03-18 09:32
おいらは基本インドア派なんだに
仕事から開放されて家で隠居生活したいだよ
一ヶ月家の中でも多分全く苦にせずだから、頼むよ(^_^;)
by ドラ猫マスター 2020-03-18 19:22
マリちゃん、かっこいい~!!マリちゃんの海辺暮らし猫生、よくわかりました!とっても素敵です。千鶴子さんや漁師さんの温かさで丸々堂々としていてみていて気持ちいいですね!
おうち暮らしになってからまた表情もからだもまん丸で幸せ満喫している感じです(*^^*)マリちゃん、これからも元気でね。
マリちゃんが下にひいているのが茉莉子さんお手製のミニケットですよね、とっても素敵です♪
by とも 2020-03-19 07:25
マリちゃんの「どなたでしたっけ」のすっとぼけ顔が面白過ぎる!
茉莉子さんの拍子抜けっぷりが画面から溢れ出てるんですけど(笑)。
マリ茉莉コンビのダブルマリちゃんで漫才をやったら大ウケ間違いなし!(笑)
手作りミニケットもなにげにステキ!
. . .
外で暮らしてた時のマリちゃんの貫禄、迫力すごいっす。
ジョウル出まくり(顔の頬っぺたの膨らみ)で私も見かけたら絶対雄と確信したと思います。
「君子豹変す」を体現してるよね。
ホントに強いのは鋼だけでなく柔もあわせ持ってるからなんだなぁ~と。
. . .
ハマのマリちゃんカッコいい!
子猫みたいなマリちゃんもかわいいねぇ!
そんなマリちゃんを見守ってくださってる千鶴子さんありがとうございます。
心から尊敬してます。
by 才蔵 2020-03-19 07:44
>ドラ猫マスターさん
まさかのインドア派でしたか。私は、人とは何日話さなくても大丈夫だけれど、猫と話さずにはいられない(笑)。
by 道ばた猫 2020-03-20 11:21
>ともさん
マリちゃんは、外暮らし猫としては、理想のねこせいですよね。千鶴子さんにおとなしく抱っこされて、おうちへ向かったそうなので、すべて理解していると思います。
by 道ばた猫 2020-03-20 11:23
>才蔵さん
猫って、場所が変わるとツレナイのは何なんでしょうね~。片山健さんの絵本「タンゲくん」も、外で会うと知らんぷりなのが面白い!
by 道ばた猫 2020-03-20 11:27
オォ!「タンゲくん」懐かしい。確か丹下佐善のタンゲくんでしたよね?知った時には私でさえ全く思いつかずでした(笑)
. . .
友人が飼ってた猫さまのこと。
友人いわく「時々ウチと違う家の玄関の匂いがする」。
そういえば玄関て、その家独特の匂いがあったっけ(特に広い土間があるような家では)。
. .
ある時近所のとある家に用事で行ったら、正に猫と同じ匂いが...さりげなく聞いてみると飼ってるわけでは無いが時々来る猫がいて、お腹空かせてるみたいなんでカリカリを用意しておいてあげてるって。
特徴を聞いてみるとまさにウチの猫。
友人はご飯あげて無いみたいで恥ずかしくウチの猫です、とは言えずに帰宅。
. . .
帰り道トボトボ歩いてると揚々としっぽをあげて歩く猫に遭遇。友人を見向きもせず無視してその家の玄関の前でゴロンゴロン。
どう見てもウチの猫だったと...。
友人は「私が飼ってると思ってたのは間違い?」と大ショック!
猫あるある、あまり気にするな友人よ(笑)。
by 才蔵 2020-03-21 07:40
>才蔵さん
猫あるあるですよね~。たぶん、猫にとっては、その場のその人との愛情交換というか付き合い(主に餌貰う)が大切なのであって、「ここで混ざってくるな」ってことかな(笑)。
by 道ばた猫 2020-03-21 10:50
このマリちゃん、「猫びより」2018年5月号に載っていた子ですね!
偶然にも今、図書館でバックナンバーを借りていて「あれ?」っとなりました。
猫びよりではマリちゃんが「女ボス」になって、皆さんに見守られている、というところで終わっておりましたので、その後のことをこちらで知ることができて、とてもとても嬉しいです。
こちらのブログや「猫びより」を拝読していても、我が家のニャンコを見ていても、一般に言われているよりもずっと猫は優しく賢い生き物だと思うのです。(猫に限った話ではありませんが)
そして、もしかしたら人間が一番残酷な生き物なのではないかと思えてきます。
だからせめて、自分の身の回りの生き物たちだけにでも優しい気持ちで見守っていきたいものです。
たかが犬猫、されど犬猫、少なくとも私は彼らから学べることの多さに驚かされています。
by kuku-nyan 2020-03-21 16:54
>kuku-nyanさん
そうですそうです! ボス猫特集で、異色の女ボスとして登場させました。あのときはあった「ふれあい市場」が閉じてしまって、マリちゃんちょっと寂しげで、シェルターの千鶴子さんが「潮時かな」と。
体格も性格もいい猫なので、健康なうちに穏やかに新生活に溶け込んでくれてよかったです。本当に猫はいろいろなことを教えてくれますね。
by 道ばた猫 2020-03-22 01:36
マリちゃん、オンナにしとくのもったいない(?)ような体格ですね。
若い頃は外を闊歩して自由に、老後は暖かい家の中で穏やかに。なんて良いにゃん生でしょう!
千鶴子さんに抱っこされたマリちゃん、本当に子猫のような安心しきった顔ですね。これからも幸せに長生きしてね!
by さび茶風 2020-03-22 10:20
まりちゃん抱っこされてると、お顔のボリュームにびっくり!大っきな猫さん地域の皆さんに
愛されて、老後はシェルターで過ごせる
幸せを作っているボランティアの方達に感謝と賛辞を。ババァは、寄付位しかお手伝いできないですが…
by 妖怪元気ババァ 2020-03-22 12:17
>さび茶風さん
そうなんです、マリちゃん、いい女で、かつオトコマエなんです。
首から肩にかけて筋肉がついていて、顔デカの雌猫は、そうそうはいません(笑)。のし歩く姿はカッコよかったなあ。
by 道ばた猫 2020-03-23 07:51
>妖怪元気ババァさん
私も、マリちゃんのように、ギリギリまでお達者に歩き回る人生めざそうッと(笑)。
それにしても、猫は意外と順応力があって、感心します。
by 道ばた猫 2020-03-23 07:58
マリちゃん、ほんとにカッコよくてオトコマエ (*^^)v
佐竹さんが紹介してくださった数多くのネコさんの中でも、印象的な大好きなネコさんです。
特に私の心に響いたのは、ご飯を持って来てくれる千鶴子さんを、首を伸ばして一心に待つマリちゃんの姿。
「外猫さんは、こんなに一生懸命ゴハンを待ちわびているのだなあ・・・」と、心を打たれて涙が止まらず、しばらくこの写真から目が離せませんでした・・・
今も時々、このマリちゃんの写真を見ては、私がお世話する地域ネコさんへの愛おしさや、守り抜く決意を新たにしています。
佐竹さん、心に響く物語と写真、いつもほんとうにありがとうございますm(__)m
マリちゃんのように、せめて老後は誰かのもとで安心して暮らせるネコさんが増えますよう、心から願っています。
by ぴっころ 2022-12-07 16:48