あ、目線が合った
彼女の通勤路にある動物病院には掲示板があり、様々なペットの「譲ります」ポスターが貼られていました。同じ場所を毎日歩いていると気付きがあるもので、どうやらその掲示板には、譲渡が決まると「決定」シールが貼られていくようなのです。
そして、2ヶ月が経過した頃、「この猫、まだ決まらないのか.......」と、すっかりお馴染みになった一匹の猫のポスターを見ながら、ため息と同時に彼女の心は決まったのでした――。
初めての猫暮らし
「黒猫だからなかなか決まらなかったのかなぁ」と18年前を懐かしそうに振り返る飼い主さん。黒猫が好みだったのもあって、ポスターに書いてあった連絡先へすぐに電話をしたそうです。生後7ヶ月になっていた黒猫「麿」(まろ・18歳・オス)との対面は、飼い主さんにとって人生初めてのものとなりました。実家でも動物と暮らしたことがなく、東京に上京して1年目でまさか自分が猫と暮らすなんて! それは予想もしていなかったことでした。
耳発見!
麿を保護した方は飼い主さんの人柄を気に入り、「これを揃えたらまた来てください」と親切にメモ書きを渡してくれました。そこにはフードや猫トイレ、キャリーバッグなど猫と一緒に暮らすためのセットが書かれており、その足で買いに行った飼い主さんは、翌週には麿と家族になったのでした。
いた!
猫と一緒に帰省、気になる家族の反応は?
初めての猫生活で飼い主さんを驚かせたことは、寝ているイメージが強かった猫があまりにも活動的であったこと。「カーテンをよじ登るのを見て、これはヤバイ」とすぐに代替品のキャットタワーを買いに走ったと言います。麿はキャットタワーをすぐに気に入ってくれて、それからは最上階で寝るように。「こんな高いところで寝るんだぁー」と感心する飼い主さん。日々、新しい発見があり、帰宅時に玄関前で待っていてくれたときには「なんて可愛いんだ」と、ギュッと抱きしめたくもなりますとも! 飼い主さんの慣れない土地での一人暮らしや、新しい職場での不安やストレスを、麿は吹き飛ばしてくれました。楽しい新生活は猫生活から! この喜びは実家の両親にも伝えなければ!
おはよー
麿との初めての帰省はその年のお盆のこと。事前に「猫を連れて帰る」と連絡はしたものの、動物と暮らしたことがなかった両親は案の定、拒否反応を示しました。それでもものは試し! と前もって猫トイレを郵送し、準備を整え麿と一緒に新幹線に乗り、いざ関西方面へ。
麿さん、瞳が大きいねー
なんて話しかけながら
麿は初めての家でも臆することなく、すぐに猫トイレで用を足しました。それを見た両親は「猫ってこんなに賢いんだ」と感心。また、おっとりとした性格の麿なので、他人にも愛想が良かったのです。「爪で家がボロボロになる」と心配していたあの両親はどこへ? 猫の可愛さを知り、麿と接することで付き合い方をどんどん学んでいくのでした。実家で過ごした最終日、「次、いつ帰ってくるの?」とは娘に向けたものなのか、はたまた麿に向けたものなのか......。その後、いつの年だったか「麿ちゃん、一緒に帰ってくるんでしょ」との母親の言葉で完全に逆転されたことがわかり、寂しさよりも嬉しさひとしおの飼い主さんはニンマリと笑うのでした。
飼い主さんにスリスリしてたら、
お膝の刑にゃ
帰省中の幸い? 母親が気づいた麿の行動
毎年、一緒の帰省は続き、麿16歳の時、母親が放った「麿は目が見えてないのでは?」の一言に飼い主さんは凍り付きました。まさに寝耳に水の事態! 長年一緒に暮らしてきた飼い主さんが気づかなくて、たまに会う母親に指摘されるとは一体どういうことだったのでしょう。まず、飼い主さんの母親はごはん時の麿の行動に違和感があったのだとか。普段ならまっすぐごはん皿へやってくるはずなのに、鼻をクンクンしながら蛇行する歩行に、あれもしや? と思ったそうです。飼い主さんも、あらためて瞳を確認し、「確かに明るいのに瞳孔が開いている......」と動揺は止まりませんでした。
ごはんの場所は固定ね
ペローリ
ごちそうさまー!
家に戻り、すぐ掛かりつけの病院へ。突然、顔の前に掌をかざされても驚かない麿。その様子に「見えてませんね」と獣医。次に獣医の紹介でより専門性の高い動物眼科を受診すると、「高血圧」がわかり、それが視神経や脳の血管を圧迫している一つの要因だと考えられました。それから投薬を続け、約1年が経過したのですが、麿の目の調子は戻っていないようです。しかしながら、麿は不便だと感じていない様子。生活に問題はないし、ちょっとした段差だってお手の物。家のレイアウトを変えない限り、極端に物にぶつかることもないと言います。目が見えていた頃の記憶があるのも、きっとアドバンテージになっているのでしょう。
通り道はスッキリと
段差を越えて
寝床に帰る麿であった
日常生活における観察のススメ
長年、猫と一緒に暮らすとごはんの場所は決まっていて、決まった時間に給餌するのはどこのご家庭でも同じだと思います。普段一緒に過ごしていない家族が麿の失明にいち早く気づいたのは、帰省中の幸い。猫と暮らしているみにゃさまも、これを機に愛猫のごはんを食べるシーンを、まじまじと観察してみてはいかがでしょう。これからも続いていく幸せな猫生活のために、猫が我が家にやってきた日のことを思い出しながら。
麿さんの一番好きな場所
「猫又トリップ」が書籍になりました。
『
ご長寿猫がくれた、しあわせな日々』
15歳以上のご長寿猫と、その家族が奏でる28の物語をお届けします。
試し読みはこちら
(ΦωΦ)
写真
猫又トリップライター紹介
ケニア・ドイ
1972年兵庫県生まれ。ほとんど犬猫カメラマン。著者に「ぽちゃ猫ワンダー」(河出書房新社)、「じゃまねこ」(マイナビ出版)がある。新刊「ご長寿猫がくれたしあわせな日々~28の奇跡の物語~」祥伝社より絶賛発売中。現在、黒背景で行うペット撮影会「ドイブラック」を全国で展開中。
http://kenyadoi.com
X
Instagram
見えていないことに飼い主さんが気付かないくらい、普通に生活できるのが、猫のすごいところですね。
麿ちゃんは、ぴかぴかの瞳で飼い主さんの気配や部屋の様子をきちんと感じていると思います。
猫って、どうしてこんなに頭がよくて冷静なのでしょう。人間なら、目がみえなくなったら動揺して、これまでどおりになんて暮らせないような気がします。
by さび茶風 2021-07-09 21:58
さび茶風さん
突然じゃなく、徐々に徐々に視力が落ちていったのでしょうね。
床のぶつかるような物がなくなり家がスッキリ、でも模様替えは不可とのこと。
by ケニア・ドイ 2021-08-04 08:53