「よおく頑張りました!!」
先生の声が診察室に響きました。むぎちゃんのエリザベスカラーが外されたときでした。
むぎちゃんは、診察台の上で、目を見開いています。「えっ?」
何が起きたのかわからないようでした。
「あ、気づいてないね」
そう言って先生はおかしそうに笑いました。
この診察室に、むぎが虫の息で運び込まれてきたのは、去年の梅雨明けの暑い盛りの6月27日。あの日から、8ヵ月近く。こんなに元気になる日がこようとは。
保護した尚子さんは、先生と一緒に笑いながら、胸がいっぱいでした。
送られてきた写真を見た私も、感無量でした。カラスに突かれて瀕死状態だったむぎちゃん保護とその後の緊急搬送時、私もその場にいたからです。
(いきさつはコチラ→道ばた猫日記「
猫が作るまあるい輪」)
保護時のむぎちゃんはまずは命が危ぶまれましたが、入院で危機を脱した後は、獣医さんの「何カ月もかかりますが、できる限りの治療をしましょう」の力強い言葉で、治療が開始されました。
保護後5日目から通院開始。無農薬野菜の出荷や直売所「かざぐるま」の店番が始まる前の朝の時間に、尚子さんはむぎちゃんの包帯替えに一日おきに通いました。
曲がって麻痺してしまった脚はもう治りませんが、骨だけになった右後ろ脚は、感染症を防ぎながら新しい肉をつけていく長期間の治療が必要だったからです。
むぎちゃんは、こんな大変な治療をしている最中とは思えない、ピカピカの目をした屈託のない子に育っていきました。
先住保護猫のつなちゃんとわらくんが、これまた屈託なく受け入れてくれたことが大きいでしょうが、どうやら、むぎちゃん自身の生来の気質がいたってヤンチャ娘キャラだったようです。
秋には、おなかに開いた穴は目立たなくなり、麻痺した脚をまるで麻痺してないかのように使いこなして、むぎちゃんは「通院」「包帯」「エリザベスカラー」以外は「ふつうの子猫」として過ごしました。わらお兄ちゃんにも、プロレスごっこを仕掛けます。
尚子さんがつなちゃんとわらくんを迎えた後に手づくりした、6畳にぐるりと巡らせた頑丈なキャットウォークにも、一周はできないものの上ることができました。
やがて、包帯替えは尚子さんが自宅で毎日するようになりました。でも、あまりに活発なので、包帯替えタイムにはむぎちゃんはハンモックに吊り下げられる羽目に。それでも、いたずらしたくてたまらないこの表情。
「とにかく全然めげない子なんです」と、よく尚子さんがうれしそうに言っていたものです。
まったく肉のなくなった骨に新しい肉がつくものなのか。最初は半信半疑の私でしたが、医学の進歩と、「治してやりたい」という先生の熱意に、心からブラボー!です。
包帯をせずに様子を見るという、この治療の仕上げともいえる「開放療法」の時が、春の初めにやって来ました。舐めくずしたりしないよう、しばらくは、エリザベスカラー装着で様子を見ます。
そして、ついに!3月11日。「よく頑張ったね」と、先生から治療終了の言葉がむぎちゃんに贈られたのでした。
その日の尚子さんの報告インスタには、応援団からの祝福のコメントが並びました。
「ライオンから猫になってる!」「これから楽しいこと、いっぱいしてね!」「むぎちゃんは今、新しい世界を見ていますね!」「さあ、飛び回るわよ!」「尚子さんも、よく頑張った!」
みんなの予想通りになりました。
つなお姉ちゃんが破いた障子を乗り越え、さらに破る楽しさ。
わらお兄ちゃんと互角に(と、本人は思っている)戦える楽しさ。
一周できなかったキャットウォークも、初めてぐるりと回ってみました。
「ナオコ、見てる?」と、このどや顔。
8カ月にも及ぶ治療生活を終えたむぎちゃんにとって、包帯もエリザベスカラーもない生活は、保護後初めての体験。どれほどワクワクしていることでしょう。麻痺している脚の使いこなしも、これからますます上手になっていくことでしょう。
そう、いつだって、彼女の輝く目は前を見つめていました。
むぎちゃん、そして、つなちゃんわらちゃんから、私たちが教わることはなんと多いのでしょうか。
尚子さんの奮闘を間近に見ながら、直接的な手助けは何もできなかった私。「かざぐるま」看板猫のチャーリーをモデルとして作ったトートなどの売り上げを、むぎちゃんの治療費などの足しにとささやかに始めて、暖かな支援の輪を広げていった「むぎ基金」。今後は「かざねこ基金」と名前を変えて、かざぐるま周辺の保護や治療を要する猫たちのために引き続き使っていただくことになりました。尚子さんたちの、それぞれができる範囲で続ける力みない保護活動が、人と猫との地域共生のモデルケースとなりますようにという応援を込めて。
新作チャーリーポーチもできました。成田市伊能の無農薬野菜直売所「かざぐるま」で販売しています。
尚子さんは、言います。
「チャーリーが集荷場にさまよいこんできたのが、そもそものきっかけで、私と外猫との関わりは始まりました。それまでは猫を見ても『あ、猫がいる』くらいにしか思ってなかったのが、1匹1匹、生い立ちや性格があって、懸命に生きていることを知りました。いろんな人とのあたたかな縁も広がりました。私の人生を変えたチャーリーたち、ありがとう。猫って、ほんとにすごい!!」
「道ばた猫日記」から書籍が生まれました。

『
猫は奇跡』
"ふつうの猫"たちが起こした奇跡の実話17選

『
猫との約束』
猫は人生にドラマを運んでくる。ささやかでも、至福のドラマを

『
寄りそう猫』
しあわせは猫の隣り。心温まる17の実話。

『
猫だって......。』
ふつうの猫たちが語る、22の愛情物語。

『
里山の子、さっちゃん』
動物たちはやさしく、気高い。助け合い、ともに生きる猫たちの物語。

『
しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』
フェリシモ猫部の心温まるブログ、完全版として待望の書籍化!

『
いつもそばにいる猫』
描き下ろし猫スタンプが登場。猫たちがあなたのトークルームに寄り添います!
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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むぎちゃん‼おめでとう。全ての治療具がとれてさぞかしウキウキとしていることだろう。屈託のないその表情は正に天使のよう。尚子さん他、大勢の方々のご尽力で守られ育てられた命、これからはつなちゃんわらくんらと一緒にニャン生を大いに楽しまれますように。
by Y.M 2025-03-25 15:20
むぎちゃん、頑張ったんですね。そして、おめでとう!私達人間は、どこか一つでも不自由があると、落ち込んだり、嘆いたり…… 猫の生きる姿に、学ぶことだらけです。
同じ人は、
by ちぃ 2025-03-25 20:36
むぎちゃん、頑張ったんですね。そして、おめでとう!私達人間は、どこか一つでも不自由があると、落ち込んだり、嘆いたり…… 猫の生きる姿に、学ぶことだらけです。
同じ人は一人としていないように、猫も同じ猫はいない。だから、どの人もどの猫も大切。そんなことを今回のむぎちゃんが教えてくれました。
今日も茉莉子さんに感謝です。
by ちぃ 2025-03-25 20:38
凄い! むぎちゃん頑張りましたね。
キャットウォークも歩けちゃうなんて本当に凄いです。
尚子さんの奮闘、チャーリーちゃんが結んだご縁、良い結果となりましたね。
直売所「かざぐるま」でチャーリーちゃんポーチと野菜をいっぱい買いたくなってしまいました。(笑)
by ヤンヤン 2025-03-27 05:32